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日記・コラム・つぶやき

2015年9月25日 (金)

妖怪はどこにいったの?

日本の、大昔のお化け達はどこかユーモラス。
百鬼夜行で、もし縦の列でこちらに歩いている絵があったら、少しは怖そうに見えるかもしれないけど、横一列に描かれてる蒔絵の妖怪は、ちっとも怖くない。ま、本当に隣の部屋からろくろ首が伸びてきたり、「うらめしや~」と幽霊が出てくりゃ、そりゃあ怖いだろうけどね。

ふと、現代の妖怪はどこにいるんだろうと思った。

昔は、ろくろ首はそこらへんの家に潜んでいただろうし、河童は池でいたずらしていたし、犬神や天狗は裏山に住んでいた。百鬼夜行の妖怪たちは、ちゃんと帰る場所があったのだ。自然の不思議な現象を畏れた人々の作り出した想像の妖怪たちは、家や自然の中にいるという実態があったように思う。

ドラキュラだって、お気に入りの棺の中にいるぞ!ww~

でも、現代の妖怪はどこにいるんだろう?

現代では無くてはならないインターネット。ネットの中に妖怪がいるのかな?

デジタル化された妖怪だったりしてね。

どちらにしても、実態がない。潜んだり帰る場所はなくて、世界中を飛び回る。自分の想像力や存在が及ばない場所で、妖怪たちは縦横無尽に走り回る。そして、目に見えないのだ。だから怖い。ろくろ首より怖い。

色も形も人それぞれの空想の産物に、共通点はあるのかしら?

仮想現実の中で遊ぶことは楽しいし無限に広がるように思うけれど、あくまで人のこしらえた世界の中で遊んでいることになるなぁ。自然は及びもつかないほどに、神秘的で危険で美しい。私たちは忘れているけど、妖怪達は、きっとまだ自然の中で身を潜めて遊んでいるのかもね。ちょっと会いたいな、、、なんて。

同じものを怖い、と思ったり、綺麗、と思ったり、そんな素朴な感情は、これからしみじみと大切にしていかなくてはいけないような気がする。

パジャマパーティーでも開いて、ネット妖怪って、どんなんだと思う?と話しあったら、意外に面白そう。いやいや、未来はパジャマパーティーではなくて、ホログラムパーティーね。世界の果てに住む友人とでも30分後にね、とすぐに会えるのはいいな。

半透明の私たち・・・これって、私たち人間が妖精やら妖怪になったみたいだね・・・。

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2015年9月16日 (水)

ご近所のとあるお宅。以前は老夫婦がお住まいになっていた。とても優しいご夫婦だった。

家というのは不思議なもので、住む人や状況によって様相が変わる。外観は何も変わっていないのに、どこか伝わってくる雰囲気が違うような気がする。

そのお宅のご主人が亡くなるしばらく前から、その家の様子が変わった。どこか、寂しげで静かな様子に見えた。

ご主人のお具合が悪かったことを知らなかった私は、ふとその家のたたずまいを見ながら首を傾げていた。そういえば最近、ご主人にお会いしないなぁ・・・。

不思議なご縁で、そのご主人のお名前は、亡くなった私の父の名前と同じだった。表札を見て驚いた。珍しい名前なのに、字まで同じだったので、その優しいご主人と、物静かだった父と、どこかで父の面影を重ねていた様に思う。

ご挨拶を交わすくらいで、交流があったわけではないので、ある日、奥様の喪服姿を見て、はっ!と思った。門越しに尋ねたらご主人が亡くなったという。

お香典を届けた時に、奥様は「何でも主人に頼っていたから、私はもう生きていく自信がないのです。だから、私ももうすぐ死んでしまうだろうと思います」と、消えいるような声でお話をなさった。

その後、ご主人の後を追うように、半年ほどで奥様も亡くなられた。その少し前に何度かお話したが、自分の家の中にいるのに、玄関のチャイムが鳴っても、玄関まで辿り着けなくて、いよいよ自分もダメだと思うとお話になっていた。すぐに親戚の方が同居なさっていたけれど、家の様子は、どんどん変わっていった。綺麗に手入れはなさっているのに、暗くて寂しげで。家を見る度に悲しい気持ちになった。

しばらくすると、家の様子は元気を取り戻したように見えた。ご親戚の若い男性が住むようになったと風の噂で聞いた。お会いすることもなかったが、どなたかお若い方が住んでいるのかしら、と思っていた。家がとても楽しげに見えたのだ。力に溢れていた。

先日、朝出勤するその男性を初めて見た。生き生きと歩くその後姿を見ながら、私は思わず、この家に住んでくれてありがとうと心の中で言った。亡くなったご夫婦もきっと喜んでいらっしゃるでしょう。私も、元気な家を見て嬉しいです、、と。

天国にいるご夫婦に、心の中で手を合わせた。

と同時に、ふと自分の家を見ながら、家族が住むこの家がいつまでも元気でいられるように頑張らなくちゃと。なんだか良いことがありそう・・・。

私は落ち葉の掃き掃除を始めた。

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2015年9月14日 (月)

ポアロ再登場?

ふらりと立ち寄った書店で、ポアロ再登場!の文字が目に入った。名探偵ポアロ・シリーズ、39年ぶりの最新作?

え~、どういうことよ、まるで死んでしまった友人がやっぱり生きていたのよ・・・と言われたみたい。マジ、心臓がドキドキした。で、その単行本を手に取った。よく見たら、実力派作家が贈る・・と入っている。

ソフィー・ハナ、英国の作家、詩人、とある。なんだ、そういうことか・・・。

「Little Faces」は10万部を越すベストセラーになり、「次世代に注目すべき詩人」に選ばれるなど、実力は折紙付。幼い頃からのクリスティーファンということもあり、公認続編である本書執筆に白羽の矢が立った・・とある。

ふぅ~ん、なるほど、知らなかったな、ソフィー・ハナ。でも、クリスティーじゃないポアロってどうなんだろな~?・・でも読んでみないとなんとも言えないし、クリスティーファンとしては見過ごせないし、ポアロは友達だから(って勝手に)・・・、あれこれ悩んで、結局買ってきた。

さて、今から読んでみましょー。ww~

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2015年9月 9日 (水)

銀河の彼方へ

銀座4丁目の交差点。星が瞬く藍色の夜空を背景に、プラムの様なルビーやサファイヤ、ダイヤモンドがはめ込まれた和光堂の時計台を、なんて美しいのだろうと見上げていた。ふと傍を見ると、大きな望遠鏡が置いてあって、黒いレースの手袋をした美しいご婦人がその望遠鏡を覗いている。

何とも不思議な光景だなぁと思いながら好奇心も手伝って、その望遠鏡へ近づいた。

するとそのご婦人が、「どうぞご覧になって下さい。」と言うので、引き込まれるように望遠鏡を覗いた。

その瞬間、望遠鏡の中からまるでワープするように、宇宙の彼方へ飛び出した!

いつの間にか、ディズニーランドのアトラクションのような、小さなカプセル型の乗り物に乗っていた。全て透明なので足元も頭の上も宇宙が見渡せる。

神々しく壮大な銀河を感動と興奮の中で、漂った。 

突然、目の前に大きな薄いブルーの空間が現れた。昔流行った、ぐるぐるストローのような形の巨大な空間が横たわっている。

私は「これぞ宇宙の謎を解くカギだ!」と、なんの疑問もなく確信した。

すると次の瞬間、私は大きな古い屋敷の玄関に立っていた。今まで宇宙旅行してたのになんと残念だと思いながら・・・。


一部屋何十畳の大きさで、襖には虎や松の模様が描かれている。家具は一つもなくて古色蒼然としている。私は、恐る恐る、一枚また一枚とその襖を開けた。いくつ開けたか、突き当りの部屋が古い実験室になっていた。試験管やアルコールランプ、様々な薬品が所狭しと置かれていた。部屋の奥を見ると、そこに白衣をきた鬼気迫る形相の白髪の老婆が佇み、私を凝視していた。

「宇宙の謎を解く本は、あそこにあるよ」

深く皺の刻まれた手の指すその方を見れば、古びた大きな専門書がびっしりと壁を覆い尽くしている。何故か私は膨大な書籍の中で、その一冊がすぐに分かって手に取った。ページを開くと、宇宙に横たわっていたあのブルーの空間が写真に出てる。「ああ、これだ!」と、次の瞬間、高校の時の教室へ。数学の時間。

私はこっそりとその本を開いた。

さてやっと謎を知ることが出来ると、そのページの文章を嬉々として読もうとした。けれど、どうしてもその字にピントが合わない。どうして、どうして?と焦っていたら、目が覚めた・・・。

壮大でリアルな夢だった。ホントに、私の魂は宇宙の彼方へ行っていたのかしらと思ったほど。宇宙の謎は解けなかったけどね・・・♡

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2015年9月 7日 (月)

アガサ・クリスティーの「カーテン」

アガサ・クリスティーの推理小説の大ファンである私は、全ての推理小説を読んだばかりではなく、数回読んだ小説も少なくない。

クリスティーの小説との出会いは高校生の頃。「鏡は横にひび割れて」、ミス・マープルのシリーズ。何気ない、とりとめのない日常の会話から、ミス・マープルが事件の謎を解き明かしていくもの。「復讐の女神」の小説の中でミス・マープルを「復讐の女神ネメシスー小さな村に住み、ピンクのショールを肩にかけている老婦人だが、鋭い洞察力で真っ直ぐに真実を暴く人ー」と表現している。最後読み終えた時は、感嘆した!それ以来、大ファンになった。

クリスティーの小説は全ての会話の中に謎を解き明かすヒントを示している。でも、読んでいる最中、全く謎は解けず、ぐいぐいと謎解きに引き込まれる。
もう一人の主人公、名探偵ポアロ。私の中では素晴らしい友人、本当にポアロの友人になれたらどんなに楽しいかしらと思うくらい。

クリスティーは最後に「カーテン」という小説を書いてそれから間もなく亡くなった。ポアロもその小説の中で死んでしまう。だから、私はクリスティーファン30年以上になるのに、この「カーテン」はまだ一度も読んだことがない。私の大切な友人が死んでしまう、そんな小説をどうしても読めないでいた。

・・・のに、先日、衛星放送で、デビット・スーシェ主演の最後のポアロシリーズが放映されて、録画をした。でも、やはり最初に小説を読もうか、それとも映画を観てしまおうか、と散々悩んだが、結局映画を観てしまった。別に後悔はしていないけど、どうも腑に落ちないので、そろそろ小説を読んでしまおうと思っている。どう腑に落ちないのかは謎解きをしてしまうことになるので記載しないが。

1929〜30年代のイギリスの風景、衣装、家具、調度品など、私の一番好きな時代のものでもある。

さて、この「カーテン」いつ読み出すのかな・・・?

2014年3月28日 (金)

リッキー・リー・ジョーンズ

 アメリカのシンガーソングライター、リッキー・リー・ジョーンズ。日本では馴染みは薄いかもしれないが、1979年に出したアルバム「浪漫」はグラミー賞最優秀新人賞を獲得し、その後も長年に渡って人気は高い。
気怠く切ない高音の声は、夜の闇を切り裂くように心に響く。しかし、彼女が書いた歌詞は、70年代の時代背景や彼女自身の破天荒な人生から考えると、単純な恋の歌とは到底思えない。まるで、過去の迷宮の中に入り込んでしまうようだ。それはリッキー・リー・ジョーンズの歌に限ったものではないが。反戦運動や自由を訴えた若者達のパワーを感じながら、しばらくはその当時の音楽に浸っていたいと思う。曲は絶品の出来で素晴らしい。今は「Rainbow Sleeves」を歌っているが、何か手がかりが掴めたらあと数曲歌ってみたいと思っている。
 それにしても、一つの課題を探すと不思議なように次のことに繋がっていって、後で予兆だったのだなと実感する。やりたいことはどんどん増えていくが、山積みされたことへの愛着が増していくことが嬉しい。

2014年1月14日 (火)

国立西洋美術館 モネ展

毎日寒いです! 


先日、モネ展を観に行きました。モネ以外の作品、ゴッホ、コロー、シスレー、スーラ、セザンヌ、ルノワールなど展示されていました。
中学生の頃、たいして印刷も綺麗でない安い画集を観て、コローの絵にとても興味が湧いて、綺麗な絵だなぁと思った。それから数年経って美術館で本物を観てやっぱり好きだなと思ったのを鮮明に覚えているけど、今回もコローの絵が一番好きだったな!「並木道」「森の中の少女」など。何て素朴で美しいんだろう、この絵の中に入り込んでしまいたいな。1時間位でいいから、森を抜けてあの煌めく水辺まで歩いていきたいなって・・・。
それから、今回とても印象に残ったのが、ゴッホの「薔薇」。療養所の狭い庭の中に咲く薔薇。庭は平面的に描かれていてその中に見事に薔薇の美しさを表現していて。しばらく佇んで魅入ってしまった。ゴッホの絵の中には入り込みたいとは思わないけど、ああ、感じたかったことだなぁと・・・。
モネは、水面の光と影、その水の中の光と影、揺らめきを表現したかったって。「見ているだけなら美しいと思うが、絵に描こうとすると気が狂いそうになる。」って。そりょそうだろうなぁ。でも、水面が揺れて煌めいていた。あぁ〜!すごい! 

ちなみに、モネの誕生日って11月14日で私と同じ。最後の年表を見て知った。思わず、ああ同じ誕生日だぁ〜!って、意味ないけどちょっと頬っぺたがほころんだ。
もう一度観に行こうかな・・・。

2013年12月19日 (木)

今宵のシャンソニエ「リラ」

グノーの「アヴェ・マリア」。今宵はアヴェ・マリアを歌おう。クリスマスの時期にはやはりクリスマスソングやアヴェ・マリアが歌いたくなる。歌っていても聴いていても幸せな気持ちになるナ!これもシャンソンではないけれど、サラ・ブライトマンとボッチェリで有名になった「Time to say good-bye」も。クリスマスコンサートにはピッタリの曲。他には「夜のタンゴ」、ミッシェル・ルグランの「シェルブールの雨傘」「パリ・ヴィオロン」「月と私」、「枯葉」の7曲を歌います〜☆☆☆
「パリ・ヴィオロン」は華やかな楽しい曲。パリの街にアコールディオンやヴィオリンの調べが流れ、パリの街が花束のように美しい音楽に包まれるという曲。
「月と私」は、とてもロマンチックな曲。私の友達のお月様は私の秘密を知っているから、別れた恋人も月の光の下では近くに感じるのよ、あたながまだ私を愛しているふりをするの・・という曲。
学生時代、同じ時間に月を観ようね・・・なんて、そんな可愛い約束もしたっけなぁ♡

スーラ!

スーラ! 東京都美術館で「印象派を越えて点描の画家たち ゴッホ、スーラからモンドリアンまで」を観に行った。写真のスーラの絵、なぜか分からないけど、心をひっつかまれてドキドキして涙が出て来た。最後まで観終わって、また戻って、そしてまた戻って、なかなかその絵から離れられなかった。まるで、恋人とデートした帰り際、離れたくないよ〜と思う切ない気持ちに似てる・・・かな?
身を裂かれるように会場を出て、売店に入った。秘密だけど、私、美術館の売店って好きなのよ!気に入った展覧会だったら画集も買うし、ちょっとした文房具なんかも。壁には展示されていた画家の絵が飾られていて・・・、
あ!スーラのクレヨン画だ!ミュージックホールで歌う女性の姿とベースのヘッドと観客。もう観た途端、ああ!欲しい〜!でも、クレラー=ミュラー美術館で制作されたものだから1点だけでちょっとお値段も高いな、でもこの絵を毎日観られたらどんなに幸せだろう、歌いに行く前にこの絵を観たらどんなにか嬉しいかな、もしかして歌も上手になるかも、シルエットだけだけど、ちょっと私の感じに似てるじゃないの〜、あの壁にかけようかな、どうしよう〜、と思いきや、、
え?目の前から突然絵が消えた!店員がその絵をひょいと取って、持ってっちゃった。見れば、他のお客が購入を迷い、違う壁にかけて首を横にかしげてどうしよう〜と言っている。私は、遠近法よろしく、その女性の後ろ姿とスーラの絵をじっと見ていた。買うのかなぁぁ?えぇぇ?お願いだから買わないで!他の店員が、スーラの他のクレヨン画を幾つか持ってきた。私は、あのミュージックホールが欲しいの!数分経つと、店員がその絵を持ってこちらに歩いてきた。やったー!あの方、買わないのね、よかった〜。も、束の間、ご購入です、、だって・・・。これから包装するって・・・。私、諦めきれずに、そこに置かれた絵をじっと観た。思わず、「良いですね、この絵。ほんとうにいいなぁ〜」そしたら、その女性が、「すみません、私が買っちゃって・・・。」って。よく見れば、肩からヴァイオリンのケースを抱えている。音楽をやってる人なんだな、綺麗な人だし・・・、だったらいいか、この絵も喜んでるわね、、と大きなお世話なことを考えて自分を慰めた。だから、「よかったですね。いつまでも観ていてすみません。」「いいえ、いいんです、ゆっくりご覧になって下さい」・・・。私、思わずご住所教えて下さい、時々観に行かせて下さい、と言いそうになったわ。もちろん、我慢したけど・・・ね!


写真がアップ出来なくて残念です。

2013年10月25日 (金)

コンサートを終えて・・・

10月12日は、久しぶりのソロコンサートを開きました。

お陰さまで、お客様も沢山いらして下さって本当に嬉しかったです。

ありがとうございました。

終わってしばらくは、意識朦朧、興奮状態でした。この数日、やっと疲れが出て来て、ぼんやり〜して正常に戻った感じです。

今回は、自作の歌詞を数曲書きましたが、この作業は楽しみながらも、やはり苦しく悶々とした日々を過ごし、少しずつ完成させていったものです。歌詞は書き上げたら、それで終わりではなく、今度はそれを歌わなくてはならない。歌詞は自分の殻の中に閉じこもって書きますが、それを歌で表現する時には、閉じこもっていた殻から抜け出さなくてはならない。今回は映画音楽の歌詞だったので、当然映画を観てその世界に入り込んで主人公の気持ちになって書く。だから、余計に入り込む。好きな映画ばかりだし・・・。そして、この2重の作業が、頭と心の混乱を招き、どこに焦点を当てていいのか分からなくなってしまうこともあるのです。いつも夢の中にいるようで、それはそれで快感もありますが、苦しくもありで・・・。

今回は映画音楽ということで、今までの歌い方、発声も変えました。アメリカの音楽はシャンソンとは少しツボが違うのです。練習を始めた時は辛かった。聴いてる人には、綺麗に、楽に歌っているように聴こえなくちゃっ・・・。あれやこれや、歌い方を変えていたら、案の定、一度、声帯を壊してしまった。でも頑張った! というか、壊した声帯を治さないと、コンサートが出来ないから、当然必死になったわけです。でも、とても勉強になりました。

自分の中では、幾つかの課題を課して、その幾つかは出来たかなぁと思っています。

当然、反省点もたくさんありました。

来年に向けて、また新たなものにチャレンジしようと思っています。テーマは何にしようかな・・・?  考える作業はホント、楽しいものです!

早速、譜面を見つけて歌詞を書き出そうと思っています。また新たなる挑戦ですが、わくわくします。シャンソンに拘らずに、美しい音楽を自由に表現したいと思っています・・・。

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