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小説

2007年7月 2日 (月)

無限の部屋

 家族でドライブして、そろそろ家路につこうかと車を走らせていたが、どこか知らない道に迷ってしまった。急にとっぷりと日が暮れて、あたりはしだいに暗闇に溶け込み輪郭が無くなってくる。そのまま闇の中へ吸い込まれそうな夕暮れ。そんな時、うっすらと七叉路の道が私の視界に入ってきた。

 私は、ふと、ここで車を降りて、どうしても訪ねなくてはいけない場所があることを思い出した。こんなところで、いったいどこへ行くのだと訝しがる主人と息子を車において、私は2歳になる娘の手を引いて、ある家を訪ねた。その家は、とても古い家で、家の中は暗く静かで、人の気配はない。ガラスの格子戸の玄関の前に大きな染付けの壷が置いてある。

 私は娘に、「ここで待っていなさい。絶対に動いちゃだめよ。」と言った。娘は顔をあげず、じっとうつむいたまま、首をひとつ動かした。私は娘が生まれてから一度だって自分の身から娘を離したことはない。どうして、こんな暗い知らない場所に娘を一人置き去りにしなくてはいけないのか、自分でもわからない。しかしこの家の中には、決して娘は入れてはいけないのだと、強く感じたのだ。

 格子戸は音もなくするすると開いた。私は、誰に声を掛けることもせず、そのまま敷居をまたいでまっすぐ畳の部屋に入り、見事な細工がほどこしてある木の扉をすうっとあけた。

 そこは、果てしもない巨大な空間、無限の部屋だった。

地は暗く、天は真っ青に澄んでいる。その真ん中に、まっすぐな木の廊下が続く。廊下といっても幅は数十メートはあろうかと思われるほど広く、視界から遠のくにつれて少しずつ下っていく。暗い空洞の中に浮かんでいるような廊下である。廊下の左側は、底なしのただ静まり返った深淵が口を開いている。そして、廊下の右側には天井も壁も無い、柱だけで区切られた100畳ほどの部屋がその廊下に沿って地の果てまで続いている。鴨居はそびえるほど高く、その一本一本に見事な彫り物がある。そして、私を一番驚嘆させたのは、その無限にも続くかと思われる部屋という部屋に、天を覆うばかりに大小様々な観音様やお釈迦様、菩薩様や金剛力士像などが床から何百段にもわたって、異様な光を放ちながら、ぎっしり所狭しと置かれていることだった。私は思わず声を失った。でもそこには、不思議な調和と静けさがあった。広い廊下では、人がゆっくりと見果てぬあちらへと歩いていく。どこへ行くのだろう。どこへ続いているのだろう。私は身動きできずにただ呆然と立ちつくしていた。

 あの廊下を歩いていったら、さぞかし心が安らぐだろうな、とそんなことを思った。あまり遠くまで行くのは不安だけど、ちょっとだけならいいかな、少しだけ歩いてみようかしら、と足を一歩踏み出そうとした時、突然娘のことを思い出した。

あぁ、大変、あの子を置き去りにしたままだ!私は急に不安に駆られた。娘はちゃんと待っているかしら。誰かに連れていかれたりしていないだろうか。

 はたして、ガラスの格子戸を開けると、娘はそこに立っていた。娘は私の顔を見上げると、しっかりと私の手を握った。

 私は、急にそこにいることが恐ろしくなった。理由は分からないが、早くこの場を立ち去らなければと。暗い道を娘の手を引いて走った。ここがどこなのかも分からずに。どれほど走ったのか、しばらくすると先ほどの七叉路に立っていた。そこで、主人は待っていてくれた。「もうそろそろ帰ってくるかと思って待っていたよ。」と。主人の優しい言葉がそれまでの不安を吹き飛ばしてくれた。私と娘は車に乗り込み家路に着いた。主人が「さっきの七叉路で、道を間違えたんだな。」というのを、ぼんやりと聞いていた・・・。

 いまだに、私がどこを彷徨ったかは分からないが、私は娘に命を助けられたと思っている。これは、夢に過ぎないが、何かの警告だったのかもしれない。日々の生活の中での私の心の隙に誰かが警告を発し、気をつけなさい、と言ってくれたのかもしれない。そして、一つはっきりと言えることは、家族に守られているのだということ。夢の中の出来事なのに現実よりもリアルに大切な事を伝えられた。

まるで、心に楔を打ちつけられたように・・・。

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